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被災地の皆様方へ マンホール蓋ファンからのメッセージ

このたびの東北関東大震災で被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申しあげます。
震災から、5日目も迎え、ようやく私の知人からも、メール、Twitterやブログを通じて連絡がはいってくるようになりました。その内容を見るにつれ今回の地震の怖さをあらためて実感いたします。

このブログはご存じの通り、マンホール蓋のブログです。マンホール蓋にはその土地の魅力や誇りが描かれていることは、このブログに訪れてきている方はご存じでしょう。今回少し不謹慎かもしれませんが、そんなマンホール蓋を通じて、被災地の皆様方の応援メッセージを送りたいと思います。

以前みちくさ学会に寄稿した原稿の抜粋になりますが、実は大規模災害からの復旧に関するマンホール蓋が存在するのです。私は、幸せなことに、今回の地震やマンホール蓋に描かれているような被害にあったことはありませんので、どの復旧が一番大変だったなどと申すつもりはありません。どの災害もそこに住んでいる人にとってはとてもつらいことだと思います。だけれども、復旧に成功した街があるという事実をメッセージしたく筆をとっております。

広島市のカラーマンホール蓋(2009年6月撮影)
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平和都市広島市にふさわしい色鮮やかな折り鶴がデザインされた蓋です。はじめて見たときは「千羽鶴を表現しているんだろうなぁ。広島らしい蓋だなぁ」と思ったのですが、実はもう少し深い理由がありました。このデザインは、右より広島市内を流れる猿候川、京橋川、元安川、本川(旧太田川)、天満川、太田川放水路を表すために6本の線になっているというのです。

広島市は、もともと太田川と支流によってつくられたデルタ地帯の上に発展した都市であり、戦中には高潮、豪雨、台風とかなりの被害があったそうです。そして誰もが知っている悲劇1945年8月の原爆の投下、翌9月には昭和の三大台風の一つである枕崎台風による被害で、広島市内は壊滅状態に陥ったのです。戦後の復旧活動の中、市内のインフラ整備とともに、1967年に太田川放水路(一番左の折り鶴の列)が完成し、現在の広島市の治水ができあがったのです。

私の想像かもしれませんが、この6本の折り鶴の列には、平和への祈りと復興への強い意志を感じてしまうのです。


福井市のカラーマンホール蓋(2008年10月撮影)
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こちらもはじめて出会った時は鳥ということ以外まったくわかりませんでした。マンホール蓋のデザインは、その市町村の木、市町村の花、市町村の鳥などをモチーフにすることがよくありますが、撮影しながらなんとなく「本物の鳥じゃないだろうなぁ、手塚治虫の漫画にでてくるフェニックスのようだなぁ」と思ってシャッターをきったのです。

帰って調べてみると。やはり不死鳥(フェニックス)を表したものでした。福井市は「不死鳥のまち」を宣言していたのです。

福井市の歴史を調べてみると1945年の福井空襲では、市街地の損壊率84.8%という大規模な爆撃をうけました。さらに1948年に復興間もない街を福井地震が襲ったのです。福井地震は戦後では阪神・淡路大震災の次に死傷数をだした地震で、この地震を契機に震度7(激震)ができたほどの大きな直下型地震でした。 この大きな悲劇を乗り越えた福井市で1952年 災害復興を祝う復興博覧会が開催。この会のシンボルマークが不死鳥であったようです。以来 不死鳥のねがい(福井市市民憲章)にはじまり、フェニックス通りや、フェニックス・プラザ、フェニックスまつりなど、想像上の鳥「不死鳥」は広くシンボルとして市民に親しまれており、蓋にもデザインされたのです。

想像上の鳥である「不死鳥」がマンホールの蓋に描かれ、福井の街を見守っている。。。そんな想いが伝わってくるデザインで、私のお気に入りの蓋の一つです。


マンホール蓋ファンの私にとっては、今回の被災地は優れたデザインの蓋が多いあこがれの地です。
復旧が進んで、観光客が入れるようになれば、私はかならず釜石市いわき市大船渡市石巻市などの美しいマンホール蓋を撮りに訪れたいと思います。その日が早く訪れることを祈っております。




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歩鉄の達人

今晩は。
私もマンホール写真を撮影している一人です。
東北地方太平洋沖地震で被災された片には心よりお見舞い申し上げます。
マンホールの絵柄もその土地で色々な意味が込められていますね。
by 歩鉄の達人 (2011-03-19 16:46) 

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